2005年08月18日

つながりというもの

みなさまお久しぶりです。
ほぼ一週間ぶりの更新となりました。
別にサボってた訳じゃないんすけど。
俺のパソコンが悪いのか、サーバが悪いのか、
更新が出来ない状況だったもんで。
結局、人とのつながりをハードにゆだねると(携帯、パソコン等)
壊れたら最後、そこで全てが途絶えてしまうんですね。
本当の絆ってものは壊れたりしないものですが。

今週の月曜日は「終戦記念日」でした。
今年は戦後60年で、一応区切りがいいせいか
連日テレビ、新聞等で太平洋戦争を大きく取り上げていましたね。
今年のお盆はおとなしく家にいたので、
それらをちらちらと見ていたんですが、
どの番組も申し合わせたように一つのテーマに乗っ取って
報道されていたんですね。それは
「失いつつある戦争の記憶」
こんな感じです。
戦後から60年がたち、だんだん人々から戦争の記憶
が無くなっている。どうやって後世に戦争を伝えていくのか。
どの報道もこんな感じでした。
まあ、戦争を体験した方々はどんどん亡くなっているので
確かにそうなんでしょうけど、
俺は(その番組等を作っている人だって)
はなっから戦争の記憶なんて無い訳で。
そんなに戦争の体験、記憶が大事でしょうか?
そんなものは無い方が幸せなように思うのですが。
問題は戦争の体験、記憶の無い世代が、
どうやって戦争を回避していけるかだと思うのですが。
過去の戦争によって平和を望む気持ちが芽生えることは確かでしょう。
しかし、過去の戦争を盾にしても戦争は回避できません。
「戦争反対」
みんなそんなことは思っています。
「戦争は悲惨だ」
そういう教育を受けてきました。
「世界を平和に」
うんうん、その通り!
しかし我々がいくら声を大に叫んだところで
絶対に戦争はなくなりませんよ。
なぜでしょうか?
それはこれらの言葉があまりに「無責任」だから。
日本という国は平和です。
長野と山梨が戦争をするって事はないですよね。
だけど世界に目を向けてみるとこの平和は
あまりにも脆いものだとわかります。
日本の平和ってのはつまるところ世界の平和ですよね。
いま、世界で戦争(紛争)をしている人たちに
「戦争は良くないからやめろ」と言えば
やめるでしょうか。
「唯一の被爆国」という事を盾に
保有国に核の廃絶を求めて核がなくなるでしょうか。
「テロリスト」はただの人殺しが好きなサイコ野郎でしょうか。
答えは否!
戦争やテロリズムがあるのには訳があります。
戦争によって笑う人間もいます。
本当に「平和」を望むのならその原因を知り、
その状況を変えていかなくてはならないと思うのです。
それは非常に難しいことです。
それはつまるところ
「我々の生活を変える」
ということだから。
「平和」と言う言葉を使うということは
そういう問題に立ち向かう。と言うことではないでしょうか。
難しい問題ですよね。
しかしアメリカの同時多発テロ以来、
誰もが無関係ではいられなくなりました。
自分や家族のために「思考をとめないこと」
大事なことだと思います。

「全ての兵士が武器を置いたなら
 全ての王と王女が王冠を脱ぎ捨てたなら
 この世に生きる全ての魂が力強くあったのなら
 想像するのはたやすい」

俺が好きなバンドの「sorrow」という歌です。
posted by ノリ at 20:34| Comment(2) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする