2007年05月21日

3泊5日社員旅行の巻 番外

さて2日間の京都滞在を終えて京都三日目の朝。
この日は朝から土砂降りの雨。
オマケにゴールデンウィーク明けで人気の無い
昨日までの京都の観光地とは打って変わり
朝っぱらに行った銀閣寺では小学生、中学生、高校生入り混じっての修学旅行攻勢にあい、これはとても観光どころではないということで
午前の早いうちに京都を後にすることにした。

ここで少し余談だけれでも、修学旅行他、その他学校行事として行われている旅行ってどうなんだろうか?
自分自身、この手の旅行にはあまりいい思い出は無い気がする。
というか、いい思い出どころか、悪い印象が残る結果となってしまっている。

中学一年のときの学校登山。雨天決行で2800M近くある燕岳に登った。
土砂降りの雨の中、景色も糞もあったもんじゃない。御来光どころか
頂上にも登れずじまいだった。山小屋の前で取ったクラスの集合写真は霧にまみれて何も物語ることは無い。おまけに今思えば信じられないことだけれども、傘を差して登っている奴もいた。腹が減っても所定の場所に着くまでは食料を口にすることが出来なかった。そもそも登山を300人以上の団体で行うこと自体に無理がある。
こんな学校登山という行事があったため、俺はそれから10年近く、親父が山登りを好きにもかかわらず、登山というものを敬遠し続ける羽目になった。今思えばそれはとても悲しいことでその諸悪の根源は
学校登山という行事にあったと言い切りたい。

京都・奈良の修学旅行もそうだ。中・高校生で寺や庭なんかに興味がある奴は殆どいないと思われる。近頃は高校あたりの修学旅行で
沖縄なんかに行くところも増えているらしいが、どうしても学校で旅行がしたいならそれがベターだ。若者は若者らしく、青い空、青い海、好きな女の子の水着姿で楽しい思い出を作れば結構。
修学なんてする必要はないと思う。大体、修学とは自分の意思でするものだ。

とまあ、3泊4日の研修旅行は当初の予定では終わるはずだった。
だけど俺たちは京都を出て、そのまま初日に滞在した石川県の
小松市にトンボ帰りすることになった。

その理由というと、旅行記のその1で書いたが、小松で酒を飲んでいるときに友人の陶芸家が「予定さえ合えば、ロクロでも廻してから帰れば。」と俺と佐々木を工房に招待してくれたからだ。
俺は自分自身、陶芸をやってみたいという好奇心もさることながら、
佐々木にとって、とっても有意義な経験になると思って迷わず約束を取り付けたのである。

昼過ぎに小松に到着したんだけれども、先方の仕事の都合で
体が空くのが夕方以降になってしまうとの事で、取り合えず初日に
行けなくて涙をのんだ「松井秀喜ベースボールミュージアム」に
直行した。思っていたよりもまともな博物館で、入館料300円が
安く感じられた。まあ、わざわざこのために小松までいく必要はないと思われるが、近くまで来たのなら行ってみて損は無い。

そんなこんなで夕方5時半まで時間を潰して友人の工房に行くことになった。

この友人の陶芸家は、別に仕事上の付き合いがある訳でも無く、何回か小松に行くうちにいつの間にか仲良くなってしまった奴である。
年は俺よりも5つ上なんだけど別に何も気兼ねすることが無く、
俺は大好きだし、奴も行くたびに歓迎してくれる。
今回初めて工房を訪ねたんだけど、正直びっくりした。
俺は小さな工房でまあ、自分の気ままにロクロを廻してるんだろうな
とずっと思っていたんだけど、実際はそんなことは無く、
でかい工場で人を使って、普段は問屋などから発注された、製品としての焼き物を作っている。その傍ら、自分の職人としての作品を作り、個展を開いたりしている本当に立派な職人であったのだ。

一通り工場を見学して、焼き物の説明を受けたあと、
さあ、やってみようかという事でとりあえず親方がお手本を見せてくれた。ものの10秒ほどでお茶碗が完成する。3回お茶碗を作って見せてくれたけど全然手本になっていない。何をどうすれば良いのかわからないのである。そこで奴の一言。
「まあ、とりあえずやってみれば感じがつかめるよ。」
という訳でまずは佐々木が挑戦することになった。

ロクロの廻し方から始まり、土決めと言われるような事から
工程事に説明を受けてとりあえず佐々木の第1作目が誕生した。
昨日の晩、すき焼き屋で見た卵の殻入れのような物体が誕生した。

そして続いて俺もやってみた。一応、器にはなった。
が、我ながら用途不明である。
それでもお互いに一応器みたいな形にすることは出来た。

ここでお互い造りたい作品を決めることにした。
佐々木は湯のみ。俺は茶碗。

そしてもう一度親方のお手本を見せてもらい、
真剣に作品作りを開始した。

まずは佐々木が湯飲みを作り始めた。
失敗続きで土を無駄にし続けている佐々木に
俺と親方で茶々を入れていたら、真剣に彼が不機嫌になってきたので
とりあえず俺と親方はコンビニへビールを買いに行った。

帰ってくると失敗の粘土の山はさらにでかくなっていて、
ここでたまらず親方がアドバイスを入れる。
ここで一つ佐々木の職人としての気質が解かった。
佐々木は頭でとにかく考えて、考えて、理解して納得していく
タイプである。
ともあれ佐々木の深呼吸と、失敗した土の山、俺たちの飲んだビールの空き缶が限界に達した頃、佐々木の湯飲みが完成した。
ずぶの素人が作ったものだ。作品の良し悪しは言うまでもないが、
なんとなく、佐々木が作ったっぽい湯飲みになっていた。

時間を見るともう9時だ。佐々木の野郎は2時間もロクロと格闘していたわけだ。旅行は今日で終わり。明日の朝には待っているお客さんがいるのであまり長居も出来ない。俺は短期決戦で茶碗を作ることにした。

ロクロの前に座る。酒は入っていたが出来うる限り集中した。
ごうんごうんと廻るロクロの回転が心地よかった。
何とか感覚とイメージで造ってみるけれども、茶碗とは言いがたい
器が2つ完成する。ここで親方の助言が一つ入る。
さて、ここで帰りの運転は佐々木に任せるとして、最後の
気力を振り絞り、茶碗を真剣に作ってみた。
作品の出来はともかく、俺がつくったっぽい茶碗が2つできあがった。

初めての陶芸が終わって、俺と親方は最後に残ったビールを空けて
(佐々木は運転だからね)しばし談笑した。
どうだったと尋ねた親方に、俺と佐々木は「楽しかった」
と答えた。本当に楽しい時間だった。

「楽しい。」そう言えるのは俺も佐々木も陶芸というものが仕事ではないからだ。俺たちは初めて作る器に一喜一憂してただ純粋に楽しむことができた。
親方は違う。自分自身の作品を作って個展を開きもするが、
普段は問屋や顧客に頼まれた画一的な工業製品を一日に何百個と
作っている。それはやはり「楽しい」とは言えない。
もちろん、親方はそんな製品の中に自分自身の職人としての
思いを込める。
その仕事は「楽しい。」ではなくて、「面白い。」
そういうことなんだと思う。
少なくとも俺も親方もその辺の事は共通していると思う。

帰り際、これから乾燥させて、焼き上げた俺たちの作品を信州に送ってもらう話をしている際に、お茶が好きな俺は、それと一緒に親方が作った急須を一つ入れて欲しいとお願いした。
「もちろんお金は払うから」
そういう俺に親方は
「自分自身の作品としてはまだお金はもらう気は無いから。」
そう言った。

行く行くといいながら信州に遊びに全然来ない親方に、無理やり約束をこぎつけて、俺たちは工房を後にした。

今回、研修旅行の締めとしてとてもいい経験をさせてもらった。
佐々木にとっては特にそうだと思う。
同じ世代で(もっとも佐々木にとっては一回り近く年は離れているが)伝統と自分自身の考え方を大事にしている「職人」は確かにいて、その職人と一緒に時間が過ごせた事。
やはり、技術というものは一朝一夕にはいかない事。


家に帰ったのは日付が変わった1時半。
3泊5日の素敵な研修旅行だった。



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2007年05月18日

3泊5日 社員旅行の巻 その3

さて気を取り直して3日目突入。

ホテルの床の上で目を覚ます。
時計を見ると7時半。
昨夜相当自分自身を追い込んだらしく一向に起きて来ない佐々木をたたき起こし京都の庭園巡り2日目がスタート。

この日は、十箇所ほどの庭園を
とにかく回れる限り見まくった。
感想は・・・・・疲れた。

6時ごろホテルに到着して、疲れのためか、珍しく無性に甘いものと
肉が食いたくなったので、ホテル近くのすき焼き屋に飯を食いに行って10時頃、何事も無く寝てしまった。

と、何の面白みも無い記事なので
ここで今回の研修の目的と、ついでに京都の有名な庭園についての個人的見解を書いてみたいと思う。

旅行記のその1で書いたとおり、今回の研修旅行は京都の庭園をとにかく見まくる事を主眼に置き、そのチョイスは佐々木に任せた。
佐々木は京都に来るのが修学旅行以来で、京都にある庭園を鑑賞したことは無い。そんな佐々木が行きたいと選んでくる庭は
あらかじめ想像はついていた。
竜安寺や大徳寺など、一般的に観光地として有名な庭園である。
それらの庭を見て、佐々木が何を感じるかはわからんが、
俺は今回の研修で、別に庭の作り方を勉強して欲しかった訳でも、
それらの庭の良し悪しを感じて欲しかった訳でもない。
ただ単純に色々な庭を見て、その中で自分がこれから飯の種とする
造園というものについて、多少でも考えて欲しかっただけだ。

ここで少し職人としての自分の話。
俺は造園という仕事が好きだ。
そして今年、自身が親方となって開業した。
だけど途中、造園業を2年ほど離れていた時期もある。
色々な事情があり、個人的な感情や考えもあって、
長年世話になった造園会社の親方とほぼ喧嘩別れの形で退職し、
2年間全然畑違いの仕事をしていた。

去年、かみさんと結婚するときに、俺とかみさんの仲を
いつも気に掛けてくれていた親方に、意を決して
挨拶に行くことにした。(かみさんが背中を押してくれたのだ。)
笑顔で迎えてくれた親方に
俺は自分が若く、頭が足りなかったことを詫びた。
親方は逆に自分がそれを受け入れるほどの器の無い親方だったと
頭を下げた。
それから親方はその当時俺のもらっていた給料を知ると、
俺が休日の土日のどっちか一日、結婚費用の足しになればと
アルバイトとして仕事を回してくれた。
そんなことで、俺の中に職人としての気持ちがふつふつと再び
燃え上がってきたのだ。
もちろん、その当時の会計事務所の仕事も決して気に入らないわけではなかった。何かを作り出している人たちを裏方からサポートする仕事でやりがいも感じていた。ただ、造る喜びを知ってしまっていた俺はその気持ちを抑え切れなかった。そしてかみさんと親方の後押しもあり、開業にいたったわけだ。
思えばこの仕事を始めたころ、土曜日に仕事が終わり、その足で
日帰りで京都や奈良に庭を見に来た情熱が、色々あったけど今現在も
継続している訳だ。

この仕事を始めた頃の俺は、京都の寺の庭なんかを見ると、無条件に立派で素晴らしい庭だなあ。と感じたものだ。それは俺が不勉強なためであり、有名な庭だから素晴らしいに決まっているという先入観に
立ち向かえるほど、自分自身に庭に対する考えみたいな物が無かったからだ。

今回行った庭の殆どが寺に付随した庭で、その殆どが「枯山水」の庭である。庭を廻れど、廻れど、砂と石ばかりで、正直うんざりした。
もともと、寺にある枯山水庭園は、禅というとてつもなく壮大な思想に基づいて造られている。それらは庭を愛でるため、鑑賞して
楽しむためを目的として造られている訳ではないので、うんざりするのも当たり前といえば当たり前だ。そしてそれが現代の庭作りの何か参考になるかといえば実際、直接的にはならないだろう。間接的(インスピレーションを刺激する等)にはある思うが。

たとえば十五個の石組みが有名な竜安寺の方丈庭園。
禅という精神の極みとして日本人はともかく、外国の人たちにも
人気の高い庭園みたいだ。俺自身も名園だと思う。
この庭が良いと思うのはなぜだろうか?
それはこの庭園には歴史があり、日常とはかけ離れた異質な空間であるからだと思う。生活感が無いことがこの庭園の一番の魅力だと俺は
思う。十五個の石組みの思想的な事なんて観光での滞在で解かるわけも無く、自分の家にあの庭を全く同じに再現しても
困惑するだけだろう。
つまるところそれは観光地であるということだ。

俺がこれから携わる庭というのは歴史がある庭ではない。
もちろん思い入れはあるのかもしれないが歴史とはいえない。
そしてそれは生活に密接した我が家の庭なのである。
ただ、一見必要の無い遊び心が生活を潤わせる。
その辺をうまいことやりたいなぁと今回の庭巡りで再確認した。

佐々木も多分自分なりに色々考えてくれたと思う。
よい研修旅行であったと思いたい。

長々と続いた旅行記も明日で最後。
番外編をお楽しみに。




























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2007年05月14日

3泊5日 社員旅行の巻 その2

さて祇園の話から。

祇園で遊ぶ。
なんかとても雅で金がかかりそうだ。
だけど、かみさんと旅行に来て祇園で遊べるわけも無く、
行くなら今しかねぇ!
という事で、祇園で飲むことにした。

実際は祇園の料亭だかお茶屋の店の中には
えらい凝った作りの室内の坪庭がある所もあるらしく、
その辺を見てみたいなぁなんて思いもありました。

京都駅前から地下鉄に乗って
とりあえず、京都で一番の繁華街であるらしい
「先斗町(ぽんとちょうと読むらしい)」へ。
まあ信州の片田舎から出てきた俺たちにとっては
これぞ繁華街。というような場所でありました。

朝食から何も食べずに庭巡りを続けていたため、
とりあえず京都らしいもの(八つ橋とシバ漬けしか思いつかないが)
でも食べようということで通りをめぐってみた。

これぞ京都!
てな感じの店が何十件もあるんだけど
店先においてあるお品書きを見てびっくり。
一人一万円以上かかる店がほとんどであった。
これから祇園で遊ぼうかなんて考えていたが
既にポント町でめげそうである。

とりあえず観光客が喜びそうな面構えの店を避けて
地元の人が行きそうな居酒屋へ入った。
これがなかなか良い居酒屋で
手頃な値段で京野菜のてんぷらなんかを食すことが出来た。
京都の雅な方々は居酒屋でもこんなもん食ってんだな
なんて思いながら佐々木と酒を飲んだ。

佐々木とは一緒にいた時間は長いが
佐々木があまり酒が飲めないため、肩を並べて飲むことは
今まで数えるほどしかない。
仕事の話も、スタジオでの練習の後、チョコチョコと
話をしてきただけであったので、酒を飲みながら
結構中身の濃い話がお互いに出来てよかった。

さてうまい料理に酒も進み、
酒があまり飲めない佐々木の顔は既に真っ黒である。
佐々木にどうするか聞いたところ、
「どうしても行きたい。」との事なので、
意を決して祇園に行くことにした。

祇園はポント町の川を挟んだ向かい側の通りにある。
やはり町並みは普通の繁華街とは違い、京都の趣があった。
ゴールデンウィーク明けの平日ということなのか、
人波は少なく、休業している店もちらほらあった。

とりあえず佐々木と俺は祇園をぶらぶら歩いてみた。
古い家屋が多いが(そしてその玄関には屋号や名字だけの表札が
掛けられている。多分お座敷だと思われる。)
新しいビルなんかもあるし、古い、では無くぼろぼろの
焼き鳥屋なんかもあった。
別にかみさんと飯を食いにくるぐらい普通に出来る感じだ。
残念ながら祇園に行ったのが8時頃で既に出勤(という言い方でいいのかな?)しているらしく舞妓さんの姿を拝むことは出来なかった。

ただ歩いていて一抹の不安を抱く。
黒服のポン引きがところどころに立っているんだけど、
誰一人として俺たちに声を掛けてこない。
人通りが殆ど無いにも関わらずだ。
俺たちは相当金が無いように見えるのか?
季節先取りのハーフパンツがいけないのか?
とにかくなんとなく祇園の敷居の高さみたいなものを感じ、
取り返しが付かない事態になる前に
「新撰組」という不穏な名前の無料案内所へ入ってみた。

案内所で芸者遊びがしたい旨を伝えると
ちょっと難しいとの事。
祇園のお座敷は基本的に「一見さんお断り」のようだ。
その店に一回でも行ったことがある人に
紹介をしてもらわなければ行くことは出来ないみたい。
もちろん俺達の知人でそんな雅な方はいない。
ちなみにお金がどれぐらいかかるのか尋ねたところ、
「最低でも一人10万円」は財布に忍ばせておかなくてはならないらしく、どっちにしてもあきらめざるを得ない訳だ。
落胆している俺達に新撰組は1時間7000円のキャバクラを
紹介してくれた。身分相応、そこで祇園を満喫することにした。
ちなみにポン引きが声を掛けてこなかったのは、京都、特に祇園では
ポン引き禁止条令がとても厳しく施行されているらしく、
ポン引きは前に店に来たことがある、自分の知っているお客さんにしか声を掛けないのだそうだ。ポン引きすら一見さんお断りな訳だ。

店に入るとお客がいない。
時間が早いせいと、やはりゴールデンウィーク明けだからだそうだ。
3人の女の子が席についてくれたが皆さんとても可愛かった。

正直なところ、「京美人」という言葉はあれど、
京都に着いて街行く女性を眺めても、
あまり好みの女性を見ることが無かった。
男も女もどこかしら淡白な顔立ちをしてる人が多い。
皆さん百人一首の絵の様な顔をなさっている。
が、やはりどこにでも美女は存在する訳ですな。

又、京都弁がよい。
関西弁なんだろうけど、口調はとてもおっとりとしていて
「せやなあ」といちいち相槌を打ってくれる。
今度生まれ変わったら京都の人と結婚したいと話すと、
一人の子が「だけど京都の女は腹黒いですよ。」
と教えてくれた。肝に銘じておこうと思いつつ
その店を後にした。

佐々木の顔は既にどす黒かったが、相当楽しかったらしく、
もう一軒行きたいとの事。
折角の祇園なのでもう一軒行くことにして
先ほどの新撰組へトンボ帰り。
さっきの店は普通の雑居ビルであったため、
何とか、昔ながらの店に入れないか尋ねたところ、(一応研修旅行ですから)一軒、昔の建物を改装したクラブがあるという。
値段は一人1万2000円と高いけど、その店には俺が見てみたかった
室内の坪庭もあるらしく、室内庭園を手がけてみたい俺は
迷わずその店に行くことにした。

その店は祇園の古い町並みが拝める一角に存在し、
店内に案内されると古い建物を感じよく改装した店内を眺めることが出来た。そこには坪庭もあって、誰が見ても金がかかっているように見える感じだ。庭があったは良いが、こんな仕事をさせてくれる店は松本には無いんだろうな。という寂しさも感じた。
昔、岐阜に仕事に行った時、そこの親方に「本当に造園師としてやっていきたいんだったら、松本を出なきゃだめだよ。」
と言われたことをふと思い出した。色々なことを考えだしてしまって
この店ではあまり楽しめなかったが、佐々木くんはいつに無く饒舌で
とても楽しそうだった。
「帰ったらみっちり働いてもらうぞ。」と心に誓い店を出た。

店を出ると佐々木の顔色は木炭に近く、もう飲めないとの事なので
タクシーでホテルに帰ることとなった。
が、俺はもう少し飲みたかったので、近くの案内所で落ち着いて
飲めるところを所望し、3件目に向かった。
店の中に案内されると、さっきまでの店とだいぶ雰囲気が違う。
女の人たちは皆さん着物である。
年の功も若者というには少し語弊がある感じだ。
確かに落ち着いて飲めそうだった。
客は俺一人で、着物の女性3人が相手をしてくれた。
途中、京都の美味しい地酒を勧められ、そんなに高い店ではないとの事なので飲んでみたが、着物の女性に酌をしてもらうという雰囲気も
合い重なって本当に美味しいお酒だった。
このお店に限らず、他の2件の女性達も、結構、知的教養があるというか、(実際京都産業大学や同志社などの出身者もいた。)思慮深いというか、やはりそこは祇園なのかな。という印象を受けた。
とまあ、そんな感じで最後は楽しく飲めました。

が、そんな俺の前に1枚の和紙が届く。
なんか数字が書かれているが、どうやら会計の金額らしい。
「・・・・? ・・・・・!」
俺は目を疑った。
「そんなにたかいみせじゃないっていったじゃん」
そんなことは言えず、俺に出来ることは動揺を隠し、
店を後にすることだけであった。

京都の女は腹黒い。
なんとなく心にしみる祇園でした。

つづく







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2007年05月11日

3泊5日 社員旅行の巻 その1

さて、おとつい書いた通りゴールデンウィーク明けの今週月曜日から
今朝未明まで社員「研修」旅行を敢行しておりました。

社員といっても我がバンドのベーシスト「佐々木」だけな訳で、
別に昔からバンドで一緒、職業も一緒、さらに
一昔前は俺の妹の彼氏でもあった、まあ、不届き者だ。

その佐々木が今週の月曜から俺と一緒に働いてくれることになった。
別に職業が一緒なだけで一緒に働いていた訳ではないので、
まあ、お互いの仕事に対する姿勢の確認と言おうか、
俗に言う、「名園」と呼ばれる庭を見たことがない
不勉強な佐々木のためと言おうか、
暫くは旅行もいけないくらい仕事を取ってきたいという
俺自身の願掛けと言おうか、
まあ、佐々木の出社早々旅行でもしてしまえと考えた。
つまりこの旅行は
「俺が楽しむのを目的とした慰安旅行では断じてない!」
純粋に仕事上の「研修」として計画された。
それを疑う出発前のかみさん他の白い目は痛かったが、
終わってみるといやはやなかなかどうして、
充実した研修旅行であったと思います。

今回行ったのは「金沢市」「小松市」「京都市」である。
金沢は日本三大名園の一つ「兼六園」を見るため。
(ちなみに後の二つは岡山の「後楽園」と渡辺の「失楽園」である)
金沢の隣市の小松は折角だからこの間買ったバックホウを作っている
KOMATSUの工場見学をしようと思ったのと、昔から親交のある陶芸家に
会いに行くためである。(結局工場見学は連休明けにもかかわらず、
工場が休みだったため叶わなかったが。)
京都は本当の目的地だった訳だけど、言わずもがな、歴史ある
庭園が多数存在する場所であるからだ。

そんな訳で月曜の朝、買ったばかで既にもう2回も修理に出しているクレーン車を3回目の修理に送り出し、その足でまずは金沢に向かった。

金沢やその周辺は個人的にとても好きな所で何回も行ったことがある為、別に驚きも感動も無く兼六園や金沢城、東茶屋街などを回った。
と言うか、今回20ヶ所以上庭園を見てきたが、その殆どは俺は行ったことがある場所だったので、この旅行では視覚的な発見や感動と言うものはなかった。代わりに写真を撮ったり、案内所の人の話をじっくり聞けたり出来たのはよかったけど。
それにしても、何回行っても金沢の回転寿司の美味しさと
値段には感動するなあ。

そんなことを考えつつ小松へ。
KOMATSUの工場見学は前述の通りできなくって、それならと一人では
こっ恥ずかしくてどうしても行けなかった
「松井秀樹ベースボールミュージアム」へ行くことにしたが
既に閉館の時間で行くことができなかった。無念。
そこで小松に住む友達の陶芸家(小松や隣の加賀は九谷焼の産地である。)に電話を入れたところ、
「仕事が終わったからまあ、一杯やろう。」との事。
その友達のかみさんの実家の中華料理屋でさんざん酒と美味しい中華料理をご馳走になり、さらにもう一軒、とどめにもう一軒で俺はへべれけになり、酒のあまり飲めない佐々木は、親方をホテルのベッドに引きずっていくと言う初仕事を見事にやってのけ、一日目は終了。

二日目。前日の予定では京都に到着しているはずの9時に起床。
急いで一路京都に向かったはいいけど、俺は二日酔いで運転することが出来ず、佐々木にハンドルを任せた。
が、そこは普段おんぼろディーゼル車を乗りこなしている佐々木くん。ハイオク車の加速をなめている。高速キックダウンにひやひやしながらも昼近くに京都に到着した。
今回は佐々木に見たい庭園を選んでもらったため俺が何回も見たことのある庭が殆どだったけど、昔と親方になった今ではどうも庭の見方が変わるらしく、始めに行った平等院の浄土式庭園は
「亀とハヤのための水溜まり」
にしか見えなかった。

その後、東福寺やその周辺の庭なんかを見たけど、もともとせっかちで観光なんて一目みりゃ十分、さらに前にも着たことがある俺と、
とにかく隅々までじっくりみたい。しかも初めて来た上に歩く速度が俺の半分以下の佐々木。この旅行では佐々木を待つ時間がとても長かったなぁ。一昔前ならイライラもしたんだろうけど、目をキラキラさせて観光をしている佐々木を怒ることは出来ず、まあ一応成長はしている自分を発見いたしました。

そんなこんなで2日目昼の観光は終了。
京都駅近くのビジネスホテルに宿を取り、
今後の予定を話し合ってる最中、佐々木が目をキラキラさせて
「祇園に行きたい。」

続きは又明日。















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2007年05月09日

社員旅行中

毎日更新を宣言したのに
2日開いてしまいました。
ただいま京都のビジネスホテルから
更新しております。
月曜から明日まで社員旅行にきております。
また、明日家に帰ったら
信州山木作庭社員旅行の
旅行記なんかを書き込みたいと思っておりますので
明日の夜まで楽しみに待っていて頂戴!

なかなか楽しい社員旅行をエンジョイしております。
posted by ノリ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

俺の家族

日付が変わって昨日は
我が息子の始めての端午の節句であった。
まあ別に3ヶ月の赤ん坊にとっては
酒が飲めるわけでもなく、ご馳走を食うわけでもなく
柏餅なんてとんでもないということで
普段と変わりの無い春の一日だった訳だけど、
一応風呂だけは菖蒲を入れてやりました。

「勝負強い」
人生においてこれは結構、重要なことであります。

さて、「子供の日」は我が家族にとって
もう一つの記念日でもあります。
俺とかみさんの「結婚記念日」なんです。

もともと、記念日・祝日・迷信・慣習等、
そんなことはどうでもいいように育てられ、
又それを忠実に守ってきました。

クリスマスもバレンタインデーも
誕生日でさえも「おめでとう」の一言で片付けてきた俺は
「子供の日でもなければ確実に結婚記念日なんか忘れるだう。」というかみさんのどうでも良い不安の為に、
ゴールデンウィーク最中の昼下がり、
眠そうな守衛さんに婚姻届を提出してから
もう一年になる。

俺は婿養子である。
訳あって同居をしなくてはいけない状況である。
変わった名字にもこの一年でいつの間にか慣れた。
ただ名字が変わっただけではなく、「養子縁組」
というものをして、法律的にもかみさんの両親の
子供にもなった。

サザエさんを見るたびに思う。
マスオさんってとてもタフだなって。
野郎はサザエを嫁にもらい、
さらにその実家に居候という離れ業をやってのけている。
一見、日曜夜6時半からの三十分間の波平との関係は良好である。
ただ、注意深く見ていると、磯野家の門柱には
文字通り「磯野」としか書かれていない。
関係が本当に良好なら「フグタ」という
表札があるはずである。
多分、やはりお互いに相容れない何かがあるんじゃないかと
俺は推測してやまないのだ。
マスオさんは事あるごとに
「東京都杉並区・・・磯野波平方 フグタマスオ」
という住所を書かざるを得ない状況なわけだ。

俺は新しい家族とうまくやりたいと思ってきた。
これからもうまくやって行きたいと思っている。
だけど実際は気に入らないこともあるし、
相容れないこともある。
多分、父と母もそれは一緒だと思う。
こればっかりはしょうがないし、
何とかやっていくしかないんだろうけど。

ただ昨日、酒には強いかみさんが、
妊娠、出産、授乳で久しぶりに飲んだ
コップ半分のビールで顔を赤らめて、
「俺と結婚して本当に良かった」
と言ってくれた。
思えばどんなときもかみさんは俺の味方だったし
俺を支えてくれた。

俺はかみさんと、息子を何とか守っていかなければならぬ。
形振り構っていられない時もあるかもしれない。
この一年で、いつの間にかそんな覚悟が身についていた。

結婚して本当に良かった。


これってノロケだよな・・・



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2007年05月05日

毎日更新宣言!

えー、初めての同日更新です。

今日はかみさんが発熱。
息子と共に別室で過ごしておりました。
久しぶりにインターネットで調べ物をしたり、
お気に入りのブログをまとめてチェックしたり
しておりました。

そのついでに・・・自分のブログを更新。
はて?前回の更新はいつだったっけ?

ついこの間更新したと思ったら
見事に一月のブランク。
一月に一回更新していればまだ良い。
半年間更新されなかった事もあるんだな、このブログは。

こんなブログでもアクセスしてくれる人がいる。
それをこんな体たらくでは申し訳ない。
今日は本気でそう思いました。

過去の記事を振り返って読んでみました。
うん。我ながら結構面白く読みました。
当然ですよね。自分が好きなように
誰にも遠慮なく好き勝手書いた物なんだから。
俺はあの時こんなこと考えてたんだなんて
結構自分自身新鮮だったりもします。

「やるんだったらちゃんとやる。」
最近、俺が自分自身に戒めていることです。

ブログ辞めようかななんて考えていたけど、
我がstrikecampの新しいホームページのリンクにも
ちゃんと張られてあったので
もうちょっと真剣に記事を書こうかなと
とりあえず、結構真剣に思っております。

「やるんだったらちゃんとやる。」

む、難しい事です。
posted by ノリ at 03:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自給自足

昔からタダの食べ物が好きだ。
別にスーパーの試食が好きだなんていってるわけじゃなく
山・川・海なんかにいる生き物を
採集してくるのが好きなのだ。
ハッキシ言ってその手段には全然こだわりは無く
なんというか、
「釣りが好きなわけじゃなく、魚取りが好き。」
そんな感じだ。

飽食の時代と騒がれ始めてから久しいが
日本の食糧自給率は40%程度らしい。
実際国内の生産でほぼ賄われているものは
米と卵ぐらいなもんであろう。
しかしその貴重な食料の約半分は残飯と化している。
食べるものは大事にしなくちゃあいけない。

自然界では食べるための殺生が
許されている。感謝は出来ても無駄にはできない。

俺たちは肉を食べる。
牛を1キロ大きくするのに穀物を100キロ必要とする。
肉を食べる人間がいなければ現代社会において
世界中に「飢餓」というものは存在しなくなる様だ。

食べ物は大事にしなきゃいけないのだ。

食べ物を大事にするためには
その物が口に入るまでにどれだけの手がかかっているか
知る必要がある。
そしてそれが出来るのは
「自分で作ってみる、捕ってみる、採ってくる。」
この方法しかありえない。

長い間、自分で「米」を作ってみたかった。
今年、念願かなって田んぼを借りた。
よほど米の作り手がいなくて困っているらしく
タダで借りることが出来た。

この連休中に畔を作りあらくれをして水を張って
しろかきをした。
もちろん機械がねえから手作業だ。
知識も経験も無いけど若い兄ちゃんが
機械も使わず田んぼを作っていると
周りの田んぼのおっちゃんおばちゃんが
面白がってやってきて色々と教えてくれる。
今日、水を張ってみたが肝心の苗が無い。
どこで苗が買えるか隣の田んぼのおばちゃんに
聞いたところ
「どうせみんな苗が余って捨てちゃうんだから
それをもらってくればいいじゃん」との事。
そのおばちゃん、その後昼飯時に
わざわざおにぎり作ってもって来てくれた。

「初めての稲作」はとりあえず順調だ。

ともあれ丁度稲刈りの頃ご飯が食べられるようになる息子に
「無農薬、有機栽培のはぜ掛け米」を提供できるように
「兼業農家」を頑張りたいと思う。




posted by ノリ at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 大自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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