2007年05月18日

3泊5日 社員旅行の巻 その3

さて気を取り直して3日目突入。

ホテルの床の上で目を覚ます。
時計を見ると7時半。
昨夜相当自分自身を追い込んだらしく一向に起きて来ない佐々木をたたき起こし京都の庭園巡り2日目がスタート。

この日は、十箇所ほどの庭園を
とにかく回れる限り見まくった。
感想は・・・・・疲れた。

6時ごろホテルに到着して、疲れのためか、珍しく無性に甘いものと
肉が食いたくなったので、ホテル近くのすき焼き屋に飯を食いに行って10時頃、何事も無く寝てしまった。

と、何の面白みも無い記事なので
ここで今回の研修の目的と、ついでに京都の有名な庭園についての個人的見解を書いてみたいと思う。

旅行記のその1で書いたとおり、今回の研修旅行は京都の庭園をとにかく見まくる事を主眼に置き、そのチョイスは佐々木に任せた。
佐々木は京都に来るのが修学旅行以来で、京都にある庭園を鑑賞したことは無い。そんな佐々木が行きたいと選んでくる庭は
あらかじめ想像はついていた。
竜安寺や大徳寺など、一般的に観光地として有名な庭園である。
それらの庭を見て、佐々木が何を感じるかはわからんが、
俺は今回の研修で、別に庭の作り方を勉強して欲しかった訳でも、
それらの庭の良し悪しを感じて欲しかった訳でもない。
ただ単純に色々な庭を見て、その中で自分がこれから飯の種とする
造園というものについて、多少でも考えて欲しかっただけだ。

ここで少し職人としての自分の話。
俺は造園という仕事が好きだ。
そして今年、自身が親方となって開業した。
だけど途中、造園業を2年ほど離れていた時期もある。
色々な事情があり、個人的な感情や考えもあって、
長年世話になった造園会社の親方とほぼ喧嘩別れの形で退職し、
2年間全然畑違いの仕事をしていた。

去年、かみさんと結婚するときに、俺とかみさんの仲を
いつも気に掛けてくれていた親方に、意を決して
挨拶に行くことにした。(かみさんが背中を押してくれたのだ。)
笑顔で迎えてくれた親方に
俺は自分が若く、頭が足りなかったことを詫びた。
親方は逆に自分がそれを受け入れるほどの器の無い親方だったと
頭を下げた。
それから親方はその当時俺のもらっていた給料を知ると、
俺が休日の土日のどっちか一日、結婚費用の足しになればと
アルバイトとして仕事を回してくれた。
そんなことで、俺の中に職人としての気持ちがふつふつと再び
燃え上がってきたのだ。
もちろん、その当時の会計事務所の仕事も決して気に入らないわけではなかった。何かを作り出している人たちを裏方からサポートする仕事でやりがいも感じていた。ただ、造る喜びを知ってしまっていた俺はその気持ちを抑え切れなかった。そしてかみさんと親方の後押しもあり、開業にいたったわけだ。
思えばこの仕事を始めたころ、土曜日に仕事が終わり、その足で
日帰りで京都や奈良に庭を見に来た情熱が、色々あったけど今現在も
継続している訳だ。

この仕事を始めた頃の俺は、京都の寺の庭なんかを見ると、無条件に立派で素晴らしい庭だなあ。と感じたものだ。それは俺が不勉強なためであり、有名な庭だから素晴らしいに決まっているという先入観に
立ち向かえるほど、自分自身に庭に対する考えみたいな物が無かったからだ。

今回行った庭の殆どが寺に付随した庭で、その殆どが「枯山水」の庭である。庭を廻れど、廻れど、砂と石ばかりで、正直うんざりした。
もともと、寺にある枯山水庭園は、禅というとてつもなく壮大な思想に基づいて造られている。それらは庭を愛でるため、鑑賞して
楽しむためを目的として造られている訳ではないので、うんざりするのも当たり前といえば当たり前だ。そしてそれが現代の庭作りの何か参考になるかといえば実際、直接的にはならないだろう。間接的(インスピレーションを刺激する等)にはある思うが。

たとえば十五個の石組みが有名な竜安寺の方丈庭園。
禅という精神の極みとして日本人はともかく、外国の人たちにも
人気の高い庭園みたいだ。俺自身も名園だと思う。
この庭が良いと思うのはなぜだろうか?
それはこの庭園には歴史があり、日常とはかけ離れた異質な空間であるからだと思う。生活感が無いことがこの庭園の一番の魅力だと俺は
思う。十五個の石組みの思想的な事なんて観光での滞在で解かるわけも無く、自分の家にあの庭を全く同じに再現しても
困惑するだけだろう。
つまるところそれは観光地であるということだ。

俺がこれから携わる庭というのは歴史がある庭ではない。
もちろん思い入れはあるのかもしれないが歴史とはいえない。
そしてそれは生活に密接した我が家の庭なのである。
ただ、一見必要の無い遊び心が生活を潤わせる。
その辺をうまいことやりたいなぁと今回の庭巡りで再確認した。

佐々木も多分自分なりに色々考えてくれたと思う。
よい研修旅行であったと思いたい。

長々と続いた旅行記も明日で最後。
番外編をお楽しみに。




























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2007年05月14日

3泊5日 社員旅行の巻 その2

さて祇園の話から。

祇園で遊ぶ。
なんかとても雅で金がかかりそうだ。
だけど、かみさんと旅行に来て祇園で遊べるわけも無く、
行くなら今しかねぇ!
という事で、祇園で飲むことにした。

実際は祇園の料亭だかお茶屋の店の中には
えらい凝った作りの室内の坪庭がある所もあるらしく、
その辺を見てみたいなぁなんて思いもありました。

京都駅前から地下鉄に乗って
とりあえず、京都で一番の繁華街であるらしい
「先斗町(ぽんとちょうと読むらしい)」へ。
まあ信州の片田舎から出てきた俺たちにとっては
これぞ繁華街。というような場所でありました。

朝食から何も食べずに庭巡りを続けていたため、
とりあえず京都らしいもの(八つ橋とシバ漬けしか思いつかないが)
でも食べようということで通りをめぐってみた。

これぞ京都!
てな感じの店が何十件もあるんだけど
店先においてあるお品書きを見てびっくり。
一人一万円以上かかる店がほとんどであった。
これから祇園で遊ぼうかなんて考えていたが
既にポント町でめげそうである。

とりあえず観光客が喜びそうな面構えの店を避けて
地元の人が行きそうな居酒屋へ入った。
これがなかなか良い居酒屋で
手頃な値段で京野菜のてんぷらなんかを食すことが出来た。
京都の雅な方々は居酒屋でもこんなもん食ってんだな
なんて思いながら佐々木と酒を飲んだ。

佐々木とは一緒にいた時間は長いが
佐々木があまり酒が飲めないため、肩を並べて飲むことは
今まで数えるほどしかない。
仕事の話も、スタジオでの練習の後、チョコチョコと
話をしてきただけであったので、酒を飲みながら
結構中身の濃い話がお互いに出来てよかった。

さてうまい料理に酒も進み、
酒があまり飲めない佐々木の顔は既に真っ黒である。
佐々木にどうするか聞いたところ、
「どうしても行きたい。」との事なので、
意を決して祇園に行くことにした。

祇園はポント町の川を挟んだ向かい側の通りにある。
やはり町並みは普通の繁華街とは違い、京都の趣があった。
ゴールデンウィーク明けの平日ということなのか、
人波は少なく、休業している店もちらほらあった。

とりあえず佐々木と俺は祇園をぶらぶら歩いてみた。
古い家屋が多いが(そしてその玄関には屋号や名字だけの表札が
掛けられている。多分お座敷だと思われる。)
新しいビルなんかもあるし、古い、では無くぼろぼろの
焼き鳥屋なんかもあった。
別にかみさんと飯を食いにくるぐらい普通に出来る感じだ。
残念ながら祇園に行ったのが8時頃で既に出勤(という言い方でいいのかな?)しているらしく舞妓さんの姿を拝むことは出来なかった。

ただ歩いていて一抹の不安を抱く。
黒服のポン引きがところどころに立っているんだけど、
誰一人として俺たちに声を掛けてこない。
人通りが殆ど無いにも関わらずだ。
俺たちは相当金が無いように見えるのか?
季節先取りのハーフパンツがいけないのか?
とにかくなんとなく祇園の敷居の高さみたいなものを感じ、
取り返しが付かない事態になる前に
「新撰組」という不穏な名前の無料案内所へ入ってみた。

案内所で芸者遊びがしたい旨を伝えると
ちょっと難しいとの事。
祇園のお座敷は基本的に「一見さんお断り」のようだ。
その店に一回でも行ったことがある人に
紹介をしてもらわなければ行くことは出来ないみたい。
もちろん俺達の知人でそんな雅な方はいない。
ちなみにお金がどれぐらいかかるのか尋ねたところ、
「最低でも一人10万円」は財布に忍ばせておかなくてはならないらしく、どっちにしてもあきらめざるを得ない訳だ。
落胆している俺達に新撰組は1時間7000円のキャバクラを
紹介してくれた。身分相応、そこで祇園を満喫することにした。
ちなみにポン引きが声を掛けてこなかったのは、京都、特に祇園では
ポン引き禁止条令がとても厳しく施行されているらしく、
ポン引きは前に店に来たことがある、自分の知っているお客さんにしか声を掛けないのだそうだ。ポン引きすら一見さんお断りな訳だ。

店に入るとお客がいない。
時間が早いせいと、やはりゴールデンウィーク明けだからだそうだ。
3人の女の子が席についてくれたが皆さんとても可愛かった。

正直なところ、「京美人」という言葉はあれど、
京都に着いて街行く女性を眺めても、
あまり好みの女性を見ることが無かった。
男も女もどこかしら淡白な顔立ちをしてる人が多い。
皆さん百人一首の絵の様な顔をなさっている。
が、やはりどこにでも美女は存在する訳ですな。

又、京都弁がよい。
関西弁なんだろうけど、口調はとてもおっとりとしていて
「せやなあ」といちいち相槌を打ってくれる。
今度生まれ変わったら京都の人と結婚したいと話すと、
一人の子が「だけど京都の女は腹黒いですよ。」
と教えてくれた。肝に銘じておこうと思いつつ
その店を後にした。

佐々木の顔は既にどす黒かったが、相当楽しかったらしく、
もう一軒行きたいとの事。
折角の祇園なのでもう一軒行くことにして
先ほどの新撰組へトンボ帰り。
さっきの店は普通の雑居ビルであったため、
何とか、昔ながらの店に入れないか尋ねたところ、(一応研修旅行ですから)一軒、昔の建物を改装したクラブがあるという。
値段は一人1万2000円と高いけど、その店には俺が見てみたかった
室内の坪庭もあるらしく、室内庭園を手がけてみたい俺は
迷わずその店に行くことにした。

その店は祇園の古い町並みが拝める一角に存在し、
店内に案内されると古い建物を感じよく改装した店内を眺めることが出来た。そこには坪庭もあって、誰が見ても金がかかっているように見える感じだ。庭があったは良いが、こんな仕事をさせてくれる店は松本には無いんだろうな。という寂しさも感じた。
昔、岐阜に仕事に行った時、そこの親方に「本当に造園師としてやっていきたいんだったら、松本を出なきゃだめだよ。」
と言われたことをふと思い出した。色々なことを考えだしてしまって
この店ではあまり楽しめなかったが、佐々木くんはいつに無く饒舌で
とても楽しそうだった。
「帰ったらみっちり働いてもらうぞ。」と心に誓い店を出た。

店を出ると佐々木の顔色は木炭に近く、もう飲めないとの事なので
タクシーでホテルに帰ることとなった。
が、俺はもう少し飲みたかったので、近くの案内所で落ち着いて
飲めるところを所望し、3件目に向かった。
店の中に案内されると、さっきまでの店とだいぶ雰囲気が違う。
女の人たちは皆さん着物である。
年の功も若者というには少し語弊がある感じだ。
確かに落ち着いて飲めそうだった。
客は俺一人で、着物の女性3人が相手をしてくれた。
途中、京都の美味しい地酒を勧められ、そんなに高い店ではないとの事なので飲んでみたが、着物の女性に酌をしてもらうという雰囲気も
合い重なって本当に美味しいお酒だった。
このお店に限らず、他の2件の女性達も、結構、知的教養があるというか、(実際京都産業大学や同志社などの出身者もいた。)思慮深いというか、やはりそこは祇園なのかな。という印象を受けた。
とまあ、そんな感じで最後は楽しく飲めました。

が、そんな俺の前に1枚の和紙が届く。
なんか数字が書かれているが、どうやら会計の金額らしい。
「・・・・? ・・・・・!」
俺は目を疑った。
「そんなにたかいみせじゃないっていったじゃん」
そんなことは言えず、俺に出来ることは動揺を隠し、
店を後にすることだけであった。

京都の女は腹黒い。
なんとなく心にしみる祇園でした。

つづく







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2007年05月11日

3泊5日 社員旅行の巻 その1

さて、おとつい書いた通りゴールデンウィーク明けの今週月曜日から
今朝未明まで社員「研修」旅行を敢行しておりました。

社員といっても我がバンドのベーシスト「佐々木」だけな訳で、
別に昔からバンドで一緒、職業も一緒、さらに
一昔前は俺の妹の彼氏でもあった、まあ、不届き者だ。

その佐々木が今週の月曜から俺と一緒に働いてくれることになった。
別に職業が一緒なだけで一緒に働いていた訳ではないので、
まあ、お互いの仕事に対する姿勢の確認と言おうか、
俗に言う、「名園」と呼ばれる庭を見たことがない
不勉強な佐々木のためと言おうか、
暫くは旅行もいけないくらい仕事を取ってきたいという
俺自身の願掛けと言おうか、
まあ、佐々木の出社早々旅行でもしてしまえと考えた。
つまりこの旅行は
「俺が楽しむのを目的とした慰安旅行では断じてない!」
純粋に仕事上の「研修」として計画された。
それを疑う出発前のかみさん他の白い目は痛かったが、
終わってみるといやはやなかなかどうして、
充実した研修旅行であったと思います。

今回行ったのは「金沢市」「小松市」「京都市」である。
金沢は日本三大名園の一つ「兼六園」を見るため。
(ちなみに後の二つは岡山の「後楽園」と渡辺の「失楽園」である)
金沢の隣市の小松は折角だからこの間買ったバックホウを作っている
KOMATSUの工場見学をしようと思ったのと、昔から親交のある陶芸家に
会いに行くためである。(結局工場見学は連休明けにもかかわらず、
工場が休みだったため叶わなかったが。)
京都は本当の目的地だった訳だけど、言わずもがな、歴史ある
庭園が多数存在する場所であるからだ。

そんな訳で月曜の朝、買ったばかで既にもう2回も修理に出しているクレーン車を3回目の修理に送り出し、その足でまずは金沢に向かった。

金沢やその周辺は個人的にとても好きな所で何回も行ったことがある為、別に驚きも感動も無く兼六園や金沢城、東茶屋街などを回った。
と言うか、今回20ヶ所以上庭園を見てきたが、その殆どは俺は行ったことがある場所だったので、この旅行では視覚的な発見や感動と言うものはなかった。代わりに写真を撮ったり、案内所の人の話をじっくり聞けたり出来たのはよかったけど。
それにしても、何回行っても金沢の回転寿司の美味しさと
値段には感動するなあ。

そんなことを考えつつ小松へ。
KOMATSUの工場見学は前述の通りできなくって、それならと一人では
こっ恥ずかしくてどうしても行けなかった
「松井秀樹ベースボールミュージアム」へ行くことにしたが
既に閉館の時間で行くことができなかった。無念。
そこで小松に住む友達の陶芸家(小松や隣の加賀は九谷焼の産地である。)に電話を入れたところ、
「仕事が終わったからまあ、一杯やろう。」との事。
その友達のかみさんの実家の中華料理屋でさんざん酒と美味しい中華料理をご馳走になり、さらにもう一軒、とどめにもう一軒で俺はへべれけになり、酒のあまり飲めない佐々木は、親方をホテルのベッドに引きずっていくと言う初仕事を見事にやってのけ、一日目は終了。

二日目。前日の予定では京都に到着しているはずの9時に起床。
急いで一路京都に向かったはいいけど、俺は二日酔いで運転することが出来ず、佐々木にハンドルを任せた。
が、そこは普段おんぼろディーゼル車を乗りこなしている佐々木くん。ハイオク車の加速をなめている。高速キックダウンにひやひやしながらも昼近くに京都に到着した。
今回は佐々木に見たい庭園を選んでもらったため俺が何回も見たことのある庭が殆どだったけど、昔と親方になった今ではどうも庭の見方が変わるらしく、始めに行った平等院の浄土式庭園は
「亀とハヤのための水溜まり」
にしか見えなかった。

その後、東福寺やその周辺の庭なんかを見たけど、もともとせっかちで観光なんて一目みりゃ十分、さらに前にも着たことがある俺と、
とにかく隅々までじっくりみたい。しかも初めて来た上に歩く速度が俺の半分以下の佐々木。この旅行では佐々木を待つ時間がとても長かったなぁ。一昔前ならイライラもしたんだろうけど、目をキラキラさせて観光をしている佐々木を怒ることは出来ず、まあ一応成長はしている自分を発見いたしました。

そんなこんなで2日目昼の観光は終了。
京都駅近くのビジネスホテルに宿を取り、
今後の予定を話し合ってる最中、佐々木が目をキラキラさせて
「祇園に行きたい。」

続きは又明日。















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2007年05月09日

社員旅行中

毎日更新を宣言したのに
2日開いてしまいました。
ただいま京都のビジネスホテルから
更新しております。
月曜から明日まで社員旅行にきております。
また、明日家に帰ったら
信州山木作庭社員旅行の
旅行記なんかを書き込みたいと思っておりますので
明日の夜まで楽しみに待っていて頂戴!

なかなか楽しい社員旅行をエンジョイしております。
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2007年05月06日

俺の家族

日付が変わって昨日は
我が息子の始めての端午の節句であった。
まあ別に3ヶ月の赤ん坊にとっては
酒が飲めるわけでもなく、ご馳走を食うわけでもなく
柏餅なんてとんでもないということで
普段と変わりの無い春の一日だった訳だけど、
一応風呂だけは菖蒲を入れてやりました。

「勝負強い」
人生においてこれは結構、重要なことであります。

さて、「子供の日」は我が家族にとって
もう一つの記念日でもあります。
俺とかみさんの「結婚記念日」なんです。

もともと、記念日・祝日・迷信・慣習等、
そんなことはどうでもいいように育てられ、
又それを忠実に守ってきました。

クリスマスもバレンタインデーも
誕生日でさえも「おめでとう」の一言で片付けてきた俺は
「子供の日でもなければ確実に結婚記念日なんか忘れるだう。」というかみさんのどうでも良い不安の為に、
ゴールデンウィーク最中の昼下がり、
眠そうな守衛さんに婚姻届を提出してから
もう一年になる。

俺は婿養子である。
訳あって同居をしなくてはいけない状況である。
変わった名字にもこの一年でいつの間にか慣れた。
ただ名字が変わっただけではなく、「養子縁組」
というものをして、法律的にもかみさんの両親の
子供にもなった。

サザエさんを見るたびに思う。
マスオさんってとてもタフだなって。
野郎はサザエを嫁にもらい、
さらにその実家に居候という離れ業をやってのけている。
一見、日曜夜6時半からの三十分間の波平との関係は良好である。
ただ、注意深く見ていると、磯野家の門柱には
文字通り「磯野」としか書かれていない。
関係が本当に良好なら「フグタ」という
表札があるはずである。
多分、やはりお互いに相容れない何かがあるんじゃないかと
俺は推測してやまないのだ。
マスオさんは事あるごとに
「東京都杉並区・・・磯野波平方 フグタマスオ」
という住所を書かざるを得ない状況なわけだ。

俺は新しい家族とうまくやりたいと思ってきた。
これからもうまくやって行きたいと思っている。
だけど実際は気に入らないこともあるし、
相容れないこともある。
多分、父と母もそれは一緒だと思う。
こればっかりはしょうがないし、
何とかやっていくしかないんだろうけど。

ただ昨日、酒には強いかみさんが、
妊娠、出産、授乳で久しぶりに飲んだ
コップ半分のビールで顔を赤らめて、
「俺と結婚して本当に良かった」
と言ってくれた。
思えばどんなときもかみさんは俺の味方だったし
俺を支えてくれた。

俺はかみさんと、息子を何とか守っていかなければならぬ。
形振り構っていられない時もあるかもしれない。
この一年で、いつの間にかそんな覚悟が身についていた。

結婚して本当に良かった。


これってノロケだよな・・・



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2007年05月05日

毎日更新宣言!

えー、初めての同日更新です。

今日はかみさんが発熱。
息子と共に別室で過ごしておりました。
久しぶりにインターネットで調べ物をしたり、
お気に入りのブログをまとめてチェックしたり
しておりました。

そのついでに・・・自分のブログを更新。
はて?前回の更新はいつだったっけ?

ついこの間更新したと思ったら
見事に一月のブランク。
一月に一回更新していればまだ良い。
半年間更新されなかった事もあるんだな、このブログは。

こんなブログでもアクセスしてくれる人がいる。
それをこんな体たらくでは申し訳ない。
今日は本気でそう思いました。

過去の記事を振り返って読んでみました。
うん。我ながら結構面白く読みました。
当然ですよね。自分が好きなように
誰にも遠慮なく好き勝手書いた物なんだから。
俺はあの時こんなこと考えてたんだなんて
結構自分自身新鮮だったりもします。

「やるんだったらちゃんとやる。」
最近、俺が自分自身に戒めていることです。

ブログ辞めようかななんて考えていたけど、
我がstrikecampの新しいホームページのリンクにも
ちゃんと張られてあったので
もうちょっと真剣に記事を書こうかなと
とりあえず、結構真剣に思っております。

「やるんだったらちゃんとやる。」

む、難しい事です。
posted by ノリ at 03:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自給自足

昔からタダの食べ物が好きだ。
別にスーパーの試食が好きだなんていってるわけじゃなく
山・川・海なんかにいる生き物を
採集してくるのが好きなのだ。
ハッキシ言ってその手段には全然こだわりは無く
なんというか、
「釣りが好きなわけじゃなく、魚取りが好き。」
そんな感じだ。

飽食の時代と騒がれ始めてから久しいが
日本の食糧自給率は40%程度らしい。
実際国内の生産でほぼ賄われているものは
米と卵ぐらいなもんであろう。
しかしその貴重な食料の約半分は残飯と化している。
食べるものは大事にしなくちゃあいけない。

自然界では食べるための殺生が
許されている。感謝は出来ても無駄にはできない。

俺たちは肉を食べる。
牛を1キロ大きくするのに穀物を100キロ必要とする。
肉を食べる人間がいなければ現代社会において
世界中に「飢餓」というものは存在しなくなる様だ。

食べ物は大事にしなきゃいけないのだ。

食べ物を大事にするためには
その物が口に入るまでにどれだけの手がかかっているか
知る必要がある。
そしてそれが出来るのは
「自分で作ってみる、捕ってみる、採ってくる。」
この方法しかありえない。

長い間、自分で「米」を作ってみたかった。
今年、念願かなって田んぼを借りた。
よほど米の作り手がいなくて困っているらしく
タダで借りることが出来た。

この連休中に畔を作りあらくれをして水を張って
しろかきをした。
もちろん機械がねえから手作業だ。
知識も経験も無いけど若い兄ちゃんが
機械も使わず田んぼを作っていると
周りの田んぼのおっちゃんおばちゃんが
面白がってやってきて色々と教えてくれる。
今日、水を張ってみたが肝心の苗が無い。
どこで苗が買えるか隣の田んぼのおばちゃんに
聞いたところ
「どうせみんな苗が余って捨てちゃうんだから
それをもらってくればいいじゃん」との事。
そのおばちゃん、その後昼飯時に
わざわざおにぎり作ってもって来てくれた。

「初めての稲作」はとりあえず順調だ。

ともあれ丁度稲刈りの頃ご飯が食べられるようになる息子に
「無農薬、有機栽培のはぜ掛け米」を提供できるように
「兼業農家」を頑張りたいと思う。




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2007年04月08日

professional

professional
この英語に対する正確な和訳は無いと思う。

英和辞書を引いてみると
「専門職の」「職業的な」「職業上の」
「玄人的な」「本格的な」
この様な和訳が並ぶ。
まあ、本来この単語にはこの様な意味しか
無いのかもしれないけど、あまりにもビジネスライクな和訳である。

「プロ」
日本においてこの冠を付けて呼ばれる職業は
ほぼ「スポーツ選手」である。
ライセンスを取得してプロになる場合もあれば、
それで飯を食えていればプロと呼ばれる場合もある。
「プロ庭師」とは言わないし、「プロコック」とも言わない。
なぜかスポーツ選手だけが「プロゴルファー」
「プロ野球選手」「プロスケーター」
など、アマチュアとの区別をつけてこう呼ばれる。
「野球選手」と「プロ野球選手」とは違うものなのだ。

逆にオリンピックに出る人は
その道を極めた選手だけれども
そのほとんどが「amateur]
アマチュアと呼ばれている。
英和辞書によればプロフェッショナルの対義語に当たり、
「素人」「愛好家」「未熟者」「生かじりの人」「下手な」
等、大変な言われようである。

実際は日本における「プロ」と「アマチュア」の違いは
それで飯が食えているか否かというだけであろうが、
プロやアマチュアの違いってなんだろうか。

俺は勝手に「プロ」の定義を作っている。
それは単純に「その道で他人に感動や興奮を与えられるか。」
この一点に尽きる。
子供はかけっこのプロだし
俺自身、ROCKのプロでありたいと思う。
もちろん、他人を感動させるにはそれなりの技術も知識も
必要になる。だけどもっとも大切なことって
その道にかける情熱や信念なんだと思っている。

プロかアマか、決めるのは他でもない自分自身なんだ!

この記事は自分に、我がバンドに
そして俺の敬愛する「プロ」に贈りたい。









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2007年03月21日

バランス

駆け足で進むということは良いことだ
去年の今頃
一年後にこんな状況になってるなんて思ってもなかった。

丁度1年前によりをもどしたかみさんとの間に
男の子が出来た。
そんで無事に生まれ元気にすくすく育っている。

近所に頼れるエンジニアがいるレコーディングスタジオ
ができた。おかげでわがバンドもやっとレコーディングに
精を出している。何かを作り出すということは
大変だけど・・・・・最高だ。

事業を立ち上げて開業まで本当に後一歩のところだ。
自分で城を築くというのは大変だ。
だけど周りから見るとそうでもないみたいだ。
商売という資本主義の競争の中では
本当に大変なときに助けてくれる人は
そんなに多くいる訳じゃない。
まったくいない人だっていると思うが
幸せなことに俺には多からずいるわけで。
そんな協力者、応援してくれる人に感謝しつつ
自分自身にもっと期待したい。

俺を含め周りで家庭を持ち、子供が生まれる奴が
多くなった。少なくても俺が籍を置くコミュニティーの
中では「少子化」なんて嘘みたいだし、「虐待」なんて
違う世界の話だ。
みんな色々な問題を抱えながらも
楽しそうにやっている様に見える。
そしてそんな仲間を誇りに思うのだ。

こんなにネタが多い一年もそうはないと思うが
ネタの多さとブログの更新にはやはり
因果関係はないと思われる。
結局何事もこつこつとやれるか否か。
性格の問題です。

結婚して、子供が生まれてから
一層そう思うけど
人生ってのは
「バランスをいかにうまくとるか」
これに尽きる。
「妥協」ではもちろんないし
「自分勝手」では相手にされなくなる。
バランスをうまく取れることが
自分を貫くことの第一条件だと思う。
もちろん、天秤の両端の重りは
重ければ重いほど面白い。





posted by ノリ at 00:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

知識の泉について

最近本を読む時間が増えてきた。
結婚をしてから自分が自由に使える時間が極端に減った。
書籍という媒体の素晴らしい所は
好きなときに読めて、好きな場所に栞を挟むことが
出来るという事だ。
金がないため(そしてその必要性を見出せないため)
ハードカバーではなく、もっぱら文庫本だ。
持ち運びにはやはりこちらの方が便利だ。
多少活字は小さいが、幸いにもまだ
老眼鏡の世話になるには若すぎる。

思えば書店で手に取る本の好みも
一昔とは大分変わった。
この件に関しては音楽についても言えるけど、
10代20代の前半はのべつ幕なし
ジャンルも好みも思想も(別に今もたいした思想は持ってないが)
お構いなしに兎に角いろんなものを手に取った。
いい意味で見境がなかった。
つまらない本でも最後のページまで目を通したし、
CDの収集は音楽の良し悪しよりもそれ自体が目的だった。
今思えば無駄な金と時間を使ったけど、
それが今の自分を創っていることを思えば
別にそれは惜しいことではない。
若さというのはいろんな物が有り余ることかもしれない。

別に自分が若くないとは思わないけど、
少なくともいろんな物が有り余ることがなくなった今、
自分が手に取る物はとても吟味されたものになる。
金持ちの事は知らんが、
「大人買い」とは
たらふく時間を吟味してから買う行為のことを指すべきだ。
(ただし衣服を除く)

読書に話を戻します。
数年前から「小説」と言われる本にはまったく
興味がなくなってしまった。
もっと言えば「フィクション」
にそそられることが大分少なくなってきた。
その場限りの「娯楽」よりも
今後にもしかしたら生かされるかもしれない
「事実」にとても惹かれるのだ。
もちろんフィクションから得られる事も
あると思う。
笑いや、感動、自分の人生観や価値観を
覆してしまうような名作だってあるとは思う。
ただ、そういう作品を探し出すほどのものは
今の俺には「有り余って」いない。

ここ最近はずっと日本の歴史と仏教の本ばかりを
読み漁っている。
「事実は小説よりも奇なり」
まさにその通りです。






posted by ノリ at 05:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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